3月11日に起こった大地震の影響で、日本全体を揺るがす福島原発の大事故が発生しました。「放射能は怖い」「爆発するとチェルノブイリ以上」「汚染は1000キロ先まで広がる」「日本はおしまい」…等々、悪い方悪い方へと思考は進む中、政府は「深刻だけど大丈夫」みたいな訳のわからない説明を繰り返すのみで、不信感がつのるばかりでした。
「とにかく西へ逃げろ」というネット情報を鵜呑みにして、大学3年の娘と飼い犬2匹は、原発事故の状況が刻々と悪くなる3月15日に私の実家がある四国へ避難させました。また、自宅のガラス窓に目張りをしたり、外気を取り入れないようにエアコン・換気扇は使わない、昆布を食べる、などもすぐ実行しました。
私自身、仕事さえなかったらすぐにでも四国に戻りたいという気持ちがあり、「原発事故が収まるまで事務所を守りますからボスは四国に帰って下さい」というO司法書士の申し出を本気で受けてしまおうかと思ったくらいです。
一方、事務所に出ると、原発事故など別世界のことのように、「4月○日の○○の件で」と、普通の会話がお客様と進みます。「そんな先まで首都圏は保ってるかな。」と心の中で思いつつも。
ただ、事故から10日もすると、原発事故の様子が良くも悪くもゆっくりすぎて、心配することに疲れてしまいました。「もし首都圏がダメになるとしても、まだ日数はかかる、だったら怖い怖いと思って過ごすよりも政府の言うことを信じて普通の生活をした方が得じゃない。」と思うようになりました。
「少しでも西に逃げる」→「仕事があるから逃げられない」
「仕事を辞める」 →「店じまいするにも月日がかかる」
「地震・津波で命を落とした人がいる」→「生きている」
「地震・津波で家や仕事をなくした人がいる」→「家も仕事もある」
「避難指示・屋内退避の圏内」 → 「福島原発から250キロ」
「原発で放射能に被曝しながら作業している作業員がいる」→「大量に被曝する可能性ゼロ」
「被曝覚悟で注水活動にあたった消防士がいる」→「テレビを見ながら応援するだけ」
考えを一つ一つ整理していくと、自己中心的な考えに陥っていたことに気づき、恥ずかしくなりました。
本日、福島原発事故の状況は外部電源が通り、少しずつ解決の兆しを見せているようです。関係者の尽力に期待し応援しつつ、自分に与えられた仕事をせいいっぱい行うこと、それが今の私に課せられた義務なのだと言い聞かせています。
最近のコメント